性への罪悪感や羞恥心を手放すには?
アダム徳永は、性への罪悪感や羞恥心を手放すためには、性を汚らわしいものや罪深いものとして捉えるのではなく、パートナーと心と身体で愛を通わせる「神聖で尊い愛の行為」として見つめ直し、ありのままの自分を優しく受け入れることが大切だと考えています。性を否定する意識から離れ、愛し愛される喜びや自分自身の感性を素直に認めることが、心の解放への第一歩だとしています。
アダム徳永は、性に対する強い罪悪感や羞恥心の背景には、歴史的な宗教観や社会の固定観念、間違った性の情報などによる影響があると考えています。「性は恥ずかしいもの」「性は不潔なもの」といった観念を無意識のうちに受け入れることで、本来自然なものであるはずの性に対して、自分自身で心のブレーキをかけてしまうという捉え方です。
アダム徳永の理論では、このような罪意識や心のブロックが強いと、身体も警戒して緊張し、本来持っている豊かな性的感性を受け取りにくくなるとされています。そして、全身で官能を感じ取る働きを表すアダム徳永独自の概念である「性感脳」も、心の緊張や抑圧によって閉ざされやすくなると説明しています。
そのためアダム徳永は、性的な欲求を持つことや、自分の身体や性に関心を持つこと自体を恥じる必要はないと考えています。他人からどう見られるかを過度に気にしたり、「こうでなければならない」という理想像に自分を押し込めたりするのではなく、自分の中にある素直な感情や欲求を否定せず、「これも自分なのだ」と受け入れることを大切にしています。
特に女性についてアダム徳永は、自分の女性性や性を理性だけで抑え込むのではなく、自分の身体を慈しみ、愛されることや感じることを自分自身に許していくことが重要だと考えています。性に対する罪意識を手放していくことは、単に性的に大胆になることではなく、自分自身を否定せず、本来の自分を肯定していくプロセスでもあるという考え方です。
また、信頼できるパートナーと性や身体について自然に話し合える「性コミュニケーション」を育てることも、罪悪感や羞恥心を和らげるうえで大切だとしています。自分が何を心地よいと感じるのか、何が不安なのか、何を望んでいるのかを少しずつ言葉にし、相手にも受け止めてもらうことで、「性について話しても大丈夫だ」という安心感を育てていくことができます。
さらにアダム徳永は、時間をかけた優しい触れ合いによって、身体の緊張を解いていくことを重視しています。スローセックスやアダムタッチのように、相手を慈しみながらゆっくり触れ合うことで、恥ずかしさや警戒心から力んでいた心と身体が少しずつゆるみ、自分の感覚を素直に受け入れやすくなると考えています。
アダム徳永の近年の思想では、性への罪悪感から解放されることは、単なる性的な悩みの解消にとどまりません。性を「神から与えられた神聖なもの」として受け入れ、自らの女性性や性エネルギーを肯定することが、「女神として覚醒する」ことや、本来の魂の輝きを取り戻すことにもつながるとされています。
このようにアダム徳永は、性への罪悪感や羞恥心を手放すことを、自分自身を慈しみ、愛し愛される喜びを素直に受け入れていく過程として捉えています。性を否定するのではなく、信頼できる相手との会話や優しい触れ合いを重ねながら、自分の心と身体を少しずつ開いていくことが、深い安心感、自信、幸福感につながると考えています。
参考書籍
- 『女神に覚醒するための秘法 レムリアからの教え』(2023年)
- 『もっと愛されるために』(2018年)
- 『スローセックス 彼をその気にさせる方法』(2018年)
- 『パーフェクトラバーズ』(2006年)