★伊邪那美命との対話2/3
日付: 2026年10月26日
昨日に引き続き、
伊邪那美(いざなみ)の大神との
対話をお届けします。
☆☆
アダム:今日も岩屋岩蔭遺跡へ
参りました。
大きな岩の遺跡であります。
あそこには我を呼ぶ者が
たくさんおるで。
あそこもまた、
我が通れる道であるよ。
そして其方たちが和合を、
男女の交わりを、
愛の意識での、
男と女の本当の交わり、
国を産むようなその意識で
交わってくださったことが
わたしはとても嬉しかったよ。
アダム:ありがとうございます。
アダム:大きな岩の裏陰で
二人でまぐ愛いました。
大きな光の柱が立つことを意識し
まぐ愛をさせて頂きました。
※神に祈りを捧げたあとに
象徴的にまぐ愛を
とりおこないました。
そのときに突然神様の意思を
伝えてくださるかのように
小雨が降り始めました。
まぐ愛が終った後に
太陽の光が木陰から
差し込みました。
その意識があの山と
全てと交和しておる。
しっかりと染み渡っているよ。
アダム:ありがとうございます。
そしてその記憶が
あの場に残ることで、
また同じように
その記憶に触れる者が、
その意図をくみ、
同じようなまぐ愛を行える。
そのような機会になっています。
記憶がその土地に
与えることができるのです。
その意図を
その記憶を
この土地にしっかりと与え、
その土地に訪れる者に
その記憶が伝わっていきます。
アダム:そうなのですね。
本当に良かったです。
アダム:あそこは縄文の時代から、
祀られて祈られていた場所だと
伺っております。
昔は多くの人たちが
その周りで
まぐ合っていたのかなと
思っております。
そうだの~
どのくらいかのぉ~
いつの間にか、
人がそのように神や土地と
まぐ合うことを
忘れてしまって、
とても寂しく思っていたのだよ。
それをすることで
岩倉を依り代に
私たちに繋がることができる。
でもそのように、
乞い願わねば
我らもそこに
行くことはできない。
神社のように
固定されているものではない。
アダム:そうなんですね。
人が乞い願い
人の行いと共に
その意図が働くでね。
アダム:伊邪那美さまは
先ほどこの女性のカラダに
入っておられたのでしょうか。
おお~
これは初めてだ。
アダム:そうなのですね。
如何だったでしょうか。
この者のしてきたこと
我らが見てきた。
女の悲しみと繋がるものが
多くある。
だがこれから、
この者が愛と喜びを選べるように、
サポートさせて頂いた。
そういった意識を
この者が選ぶことが
何よりの光の柱となり、
また導きとなることを
お伝えさせて頂いた。
アダム:ありがとうございます。
そのようにすることで、
また我もこの者と
働くことができる。
今までは見守ることしか
できなかったが、
愛と喜びにおいて、
共に働けるようにと・・・
このように神と共に
はたらいてくれる人間、
人がいることが
何よりもありがたい。
アダム:私はアダム徳永と申します。
ご存じでいらっしゃいました
でしょうか。
我の対である伊弉諾も、
我、伊邪那美も
あなたをずっとずっと
見ておりますよ。
アダム:ありがとうございます。
この国の大基(おおもとい)である、
“みとのまぐわい”ということを、
あなたもまた伝えていると
感じていますよ。
※「みとのまぐわい」は、
『古事記』の国産み神話において、
伊邪那岐命と伊邪那美命という
二神が男女の性交を
行うことを指す古語。
アダム:ありがとうございます。
またそれ以上のことも、
たくさんの意図を
あらゆる意識をもって
行なっておられますから、
本当に本当に
ありがたく見守っておりますよ。
アダム:日本は日の本の国として、
神が宿り神の愛する国と
思っております。
しかし男女のまぐ愛においては、
否定的な意識が支配し
まぐ愛を神聖な行為という
意識には
至っていないのが現実です。
そのように感じておるのだの~。
だがここまでの流れを
否定することも
悲観することも
また多くを望むことはなく、
あなたがしていることも
全て含め
この全ての命の
流れの中にあるので
安心してこのままあなた方が
正しいと思えることを
続けてくださいね。
☆☆
明日につづく・・・
アダム徳永