★伊邪那美命との対話1/3
日付: 2026年10月25日
ー令和8年某月某日ー
愛知県小牧に鎮座する
田縣神社と大縣神社に
参拝した後、
岐阜県下呂市にある
岩屋岩蔭遺跡を訪ねました。
この遺跡は縄文時代から
祭祀が行われていたとされ、
神秘的なミステリースポットとして
注目を集めています。
その夜
神さまへ祈りを捧げた後、
まぐ愛を行いました。
そのときチャネリングを通して
女性に伊邪那美の大神が出現され
メッセージが降ろされました。
以下はそのときの
伊邪那美の大神との対話の記録です。
本日より3回に分けて
お届けします。
☆☆
初めまして。
初めてこの者に
呼びかけてもらいました。
ずっと意識として傍におったが、
このように会話ができ、
共に感じられるのは
初めてのこと。
私もずっと見守っていたから、
神の依り代である岩倉は
神の依り代であるが、
このようにまぐ合う男女を
依り代として、
招き入れてくれたのは
初めてのこと。
※依り代(よりしろ)とは、
神道において
神霊が寄りつく場所や物のこと。
自然の巨石や樹木が
儀式の際に神様を招き入れ、
礼拝の対象とする役割を果たす。
アダム:恐れ入りますけれども、
お名前をお伺いしても
よろしいでしょうか。
伊邪那美(いざなみ)の
大神と呼んでください。
アダム:伊邪那美の大神さまは、
女性性の神様ですか。
はい。
アダム:この場に
お出ましくださり
ありがとうございます。
この国が産まれしとき、
産み出(いず)るとき
そのエネルギーは
まぐ愛であった。
国を産むまぐ愛を我らが象徴し、
それを語り継いでいたんだ。
その語り継いできた形が
ようやくこのように人によって
顕現(けんげん)されることに
なったことを喜ばしく思う。
※顕現(けんげん)とは、
隠れていたものや神仏などが、
はっきりと姿を現すこと。
アダム:ありがとうございます。
我らの意図を
何千年も何百年も
人が守り、
そしてこのように顕現し、
体現する者が現れたことが
真(まこと)に喜ばしい。
この者とは長き縁があり
神社や神楽を通して
エネルギーを繋いでいたが、
まさにこのように我らの意図を
よく汲み取ってくれて、
本当に喜ばしい。
ありがとう。
アダム:こちらこそ
ありがとうございます。
人が古来より
岩倉のまわりで祭り
神楽をし、
また田を植え、
そして祭りをする。
その営なみの中に、
我々はたくさんの意図を
伝えてきた。
その営みの中で伝えてきた。
それがやっと、
やっとやっと
そうじゃのう~
人がやっとこれを
受け入れられるように
なったんじゃのう~
ずっと女の悲しみや、
ここに至れぬことを嘆く者の
話を聞いていたが、
その者すべてが報われるの~
またこのように、
数多(あまた)の神々と繋がって、
真(まこと)のお祭りをすることを
望んでいるよ。
昨日参られた、
あの姫の岩にも
我の意識はあって、
昨日其方(そなた)たちが
来たことを、
我もまた喜ばしく思っていたよ。
※姫の岩:大縣神社に
祀られている岩。
この国のそこそこ各地にある、
岩や木や滝、山、
すべてに私たちが居るよ。
寄り添う自然たちとも、
私たちの繋がる、
依り代となってくれている者も
また愛(め)でておくれ。
神社だけではなく、
あのように川を愛で、
岩を愛で、
山を愛で、
そこそこに神を感じること。
続けてほしい。
☆☆
明日につづく・・・
アダム徳永