「自神」とは何ですか?
アダム徳永は、「自神(私自神)」とは、神を自分の外側にある遠い存在としてのみ捉えるのではなく、「自分自身も神のあらわれである」と自覚して生きる意識のあり方だと考えています。外側に救いや正解を求め続けるのではなく、自分という存在そのものを尊び、自分の内側にある愛や可能性を認めることが「自神」の基本だとしています。
アダム徳永の世界観では、神と人間を完全に切り離された「創造主と被造物」として捉えるのではなく、宇宙の森羅万象そのものが神のあらわれであるという一元的な神観が示されています。そのため、人間の魂や生命も神と切り離された存在ではなく、神と同質のものを内側に宿していると考えています。
またアダム徳永は、神の本質を「喜び」と捉えています。神は「自分を知りたい、自分を感じたい、自分を経験したい」という動機から人間や世界を生み出し、さまざまな生命や経験を通じて自らを体験しているという世界観です。その意味で、人間一人ひとりの存在や人生も、神の一部としての尊い表現であるとされています。
そのため、「自神」として生きるために重要なのが、自分自身を慈しみ、愛することです。アダム徳永はこれを「自己愛」や「エヴァセルフラブ」と結びつけて説明しています。罪悪感や無価値感、世間の固定観念によって自分を責めたり否定したりするのではなく、ありのままの自分を尊い存在として受け入れることで、内側にある愛や光が解放されていくと考えています。
この「自神」の思想は、精神的な自己肯定だけでなく、自分の身体や性との向き合い方にも及びます。アダム徳永は、セルフプレジャーを単なる性的欲求の処理としてではなく、「自分自神を愛でる」神聖な自己愛の時間として捉え直す考え方を示しています。自分の身体を否定せず、優しく触れ、慈しむことによって、性に対する罪悪感や羞恥心から解放され、本来の感性を取り戻していくという考え方です。
女性については、自分自身の身体や内なる核である「陰核」を、自神として尊重することも重視されています。自らの性や身体を恥じるのではなく、神聖なものとして慈しむことで、「性感脳」や性エネルギーが開花し、より深い安心感や至福を受け取れるようになるとアダム徳永は考えています。
さらに、自分自身を「自神」として認め、愛で満たしていくことは、自分だけを特別視することではありません。アダム徳永は、「私はあなた、あなたは私」という一元的な意識へ広がっていくことで、他者やパートナーもまた神のあらわれとして尊重できるようになると考えています。自分を慈しむことと、他者を慈しむことは、本来つながっているという捉え方です。
このようにアダム徳永にとって「自神」とは、自分を絶対視したり、他者より優れた存在だと考えたりする思想ではありません。自分自身も神のあらわれであると認め、身体、性、魂、人生を尊びながら生きること、そして同じように他者の中にも神聖さを見いだして愛と調和を広げていく生き方を意味しています。なお、「自神(私自神)」「神の本質は喜びである」「人間や森羅万象は神のあらわれである」といった説明は、宗教学・科学・心理学的に確立された一般理論ではなく、アダム徳永独自の性愛思想とスピリチュアルな世界観に基づくものです。
参考書籍
- 『女神に覚醒するための秘法 レムリアからの教え』(2023年)
- 『アネモネ 2022年8月号』(2022年)
- 『もっと愛されるために』(2018年)
- 『スローセックス 彼をその気にさせる方法』(2018年)