アダム徳永 公式サイト スローセックスを学び愛に生きましょう。スローセックスはアダム徳永が提唱する究極の愛のメソッドです。

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お忙しいところ失礼いたします、今年の2月と3月にプライベート講習を受講させていただいた山本です。その節は貴重なご指導を賜り、誠にありがとうございました。また、三回目の初級コースの講習を職場の都合にも関わらず、延期していただいたことに関しましても心より感謝している次第です。既に受講した講習の感想につきましても送信が大変遅くなってしまいました。しかしながら、先生からの直接の指導で得た気付きについては簡単に言葉で表せるものではなく、今の自分に表現できるのだろうかと、何度も執筆をためらいました。しかし毎日の生活の中で、先生からご教授していただいたことはスクスクと自分の中で成長しつつあります。そしていくつか自分の中で明確になったことがありましたので、それを二つの要素にまとめて現在の私の成果報告として今回のメールにしたためさせていただいた次第です。

一つ目に、愛とは、心技体によって成されることを知りました。具体的に述べますと、相手や周囲を想う心が人の体を動かし、学んだ技によってその心は無限大の可能性となって、鍛錬された体を通して体現され、相手や周囲に伝わるということです。言い換えると、整えられた心と体、そして磨かれた技によって人のもつ愛は他の人や社会、しいては世界に、無限大の効果をもたらすのだと考えるようになりました。私はこれまでに風俗に従事する女性の協力を得て、先生から学んだことを実践し、体現することを試みてきました。また、先生の言われた「気」の流れについても意識し、ただ単に技術的な面だけではなく、心を込める、という部分にも集中するように取り組みました。その結果は既に多くの受講生の皆様が体験し、ご報告されていることとほとんど変わりません。皆様が体験された女性に対する素晴らしい効果を私も目の当たりにすることになりました。一方で、そのような経験によって心境の変化もありました。その心境の変化とは、普段の心遣いについてです。この心遣いについては、コンビニのレジでお釣りを受けとるときに笑顔で「ありがとうございます」、と言うことであったり、お寿司やさんでお茶を持ってきてもらったときにお礼を言うことであったり、些細なことかもしれません。しかし、それをしたときに相手から笑顔が帰ってくると自分の中で喜びが相乗的に膨らむのです。たとえ何もかえってこなかったとしても、何か喜びの余韻のようなものがあるのです。このように、スローセックスがきっかけとなって「心を込める」、「気を送る」ことの意味を知った私ですが、スローセックスとは、単に技術だけのことを指すのではなく、このような気を含めた心技体を学び、体感し、そのとめどない波動を周囲に波及させるための一つの概念なのだとも今の私はとらえています。

そしてこの心技体の考え方が発展し、先生のおっしゃっている、「全ての人が神である」とは、私たち自身が人を生み出す存在であり、私たちの全てを受け入れてくれる星であり、宇宙であるという意味なのではないかと感じるようになりました。言うなれば、宇宙の中に地球が生まれ、その地球で生命が誕生した、ということは宇宙の存在≒地球の存在≒生命の存在、それすなわち生命である人間は無限の存在ということを意味しているようにも考えております。

二つ目に体験の力についてです。ある時、先生は日々送信されているメールの中で、辛い経験はその人の宝であると言われておりました。

私はこれまで39年間生きてきて、妻は勿論のこと、一度も彼女という存在がいたことはありません。これは私の本来持っている性格や、自分がこれまで行ってきた選択の結果でもありますが、この状態にある時の心境やこれまでこうむってきた苦悩はそのような体験をしたことのない人にはわからないことかもしれません。実際に、私が生まれてこのかた男一人でいる状況について苦言を呈する方もいました。先生の著書でも紹介されていたセックスの最中に悪気もなく言葉によって女性の心にトゲを刺す男性のように。しかし、その人たちは相手の感性や置かれている具体的な状況を知らないだけで実際に悪意はないことや、私自身も別の苦境に立っている人に同じような過ちを犯していたのではないかということに気づき始めました。そして、むしろ私を助けてくれている人たちの存在やそのあたたかさを知りました。自分を、そして相手を受け入れるとはこのようなことなのか、そう感じ始めたのです。それらを知ることが愛を体現することにつながるのか、とも思い始めました。このように、体験とはまさに貴重な宝であることを日々感じるようになってきています。確かに、私は自分らしさを貫いた結果、上記のような経験をするに至っているため、後悔はありません。ではスローセックスによって何を学んだのか。それは自分の欲するより豊かな経験を得るための「思い立ったが吉日」という言葉かと思います。失敗というものは経験の一種に過ぎないので、行動する前から考えるべきことではなく、むしろ愛の行動と経験の繰り返しによって少しずつ輪が広がり、それと同時に自分の求める自分が体現されていくようなイメージが自分の中にできています。スローセックスを女性に対して体現することで、行動することの意義が五感を通して私の前に示され、このような融和のイメージがもたらされました。私はスローセックスを学ぶことで寛容さと心の自由を得ています。先生の講習はまだすべて終わっていないのに、既に講習の後が始まりのようにも思います。改めまして、このようなきっかけを与えてくださりありがとうございます。これからまた、私の求める私の実現に向かって進みたいと思います。お忙しい中の長文、失礼いたしました。先生もどうかお身体をご自愛ください。次にお会いできる時を楽しみにしております。