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一. 初体験までの私の状況

私は中学高校時代、男の子にもオシャレにも興味のない、地味で冴えない少女だった。背は高いがヤセギスで、体つきも貧相であった。それだから、どこへ行っても今風の言葉を借りると「ウザい!」と陰口を叩かれていた。しかも高校生の時に家では大きな問題が起きてしまい、経済的にも苦しかった。だから自分は華やかな女子大生やOLなど絶対になれないと思い将来の進路は地味な4年生大学にいき、その後はお堅い職業に就こう・・・と考えていた。しかし見事に大学受験に失敗してしまい(笑)、滑り止めに受けた女子大と短大にしか引っかからなかった。当時の短大は、華やかで綺麗な女の子ばかりというイメージがあった。そして男性に受ける術も既に少女時代から身につけ、美しさと世渡りの上手さを武器に大企業に就職し、エリート男性に見初められて結婚するというのが花道と考えられていた。「地味で暗い私が、大企業に就職できるわけがないのだ・・まして、エリートに見初められるなんて、絶対にありえない!」そう、私はこれまで試験で良い点を取ろうが、真面目に部活やバイトに励もうが、その地味な容姿と自信のなさからくる内向的な性格が災いして全く評価などしてもらえず、いつも邪魔者扱いされてきた。そんな私が華やかで可愛い女の子たちと渡り合えるわけがないのだ!しかし大学受験に失敗したために「女としての魅力を男性に認められることで、就職や結婚を少しでも有利にしていかなくてはならない」という、自分にとって一番不利な道しか残されていなかった。すっかり人生に絶望してしまい、全てにヤル気をなくしてしまった私はバイトをしてかき集めたお金で、ヤケ食いとヤケ買いに走った。すると・・・数ヶ月程で意外なところから光が差し込んできた!ヤケ食いのおかげであっという間に10キロ近く太り、ヤセギスだった体が胸やお尻に肉がついて急速に女らしくなったのだ。顔色が悪くて頬がこけていた地味な顔もふっくらと丸くなり、当時の人気ポルノ女優、「畑中葉子」に似ている!と言われるようになった。更にヤケ買いで手当たりしだいに買い集めた流行のファッションで身を包んでいたら、「随分垢抜けたね」、「都会的でかわいくなった!」と褒められるようになった。そうして1年が過ぎた頃には、チラホラと同世代の男の子たちの関心も引くようにまでなっていた。が、まだ完全には女としての自分の魅力に自信がもてなかった。

二. 初体験の後、どのように変わったか

そんな時に、41歳の彼と出会ったのである。最初に会った時からお互いにピンとくるものがあり、2回目のデートで初めてのセックスを経験した。彼は30歳過ぎまでは大変な苦労をしたようだが、その後は立派な社会的地位と高額納税者名簿に名前がのるような経済力をもち、しかも男前であった。彼のような一流の男性の彼女に選んでもらえたことで、少しずつ自分に自信がもてるようになった。19歳の終わり頃であった。そんな中、就職試験が始まった。この頃の私は受験に失敗して以来勉強する気になれず成績は「オール可」に近く、学校でもワースト3に入っていた。(苦笑)しかも「問題家庭の娘」というハンディもあり、まともな就職はかなり厳しい状況であった。しかし、絶対に無理と諦めていた第一志望の企業に合格したのである!そればかりか他に受けた企業もどんどん受かっていったのである。まさに奇跡だった!就職課の先生からは、「あなたは成績は悪いけど、外見がいいから人事の人に気に入られたのよ!(笑)」と、つい1年前の私には考えられなかったような褒め言葉?を頂いた。私は特別美人でもなく、スタイル抜群というわけでもない。しかし彼と付き合うことで、容姿とか処世術といったものを超えた魅力が体の内側から沸沸と湧き上がってくるのを自分でもハッキリと感じていた。異性を惹きつける「オーラ」というのであろうか・・・?この頃の私は、「随分キレイになったね」「見違えるほど色っぽくなった」「女らしい・・・」と周りからしきりに褒められるようになっていた。
「キレイ」「色っぽい」なんて言葉は、つい2年前の私には全く縁のないものであった。それ位、この彼とのセックスで自分はこんなに変わることができた。しかも僅か数ヶ月で・・・。
素晴らしいセックスが生み出すエネルギーは凄いものであった。私は顔やスタイルは特別いいわけではないし、現にそのことに彼と付合う前までは劣等感を持っていた。しかしセックスによって生み出された「男性のセックスの対象として内面から匂い立つような雰囲気」が急速に身についてくることが自分でも日に日に感じられた。そうなってくると、これまでは可愛くて優等生でいつも男の子に取巻かれている女の子にコンプレックスを持っていたが、「セックス」の素晴らしさを知ってからは驚くほど彼女たちに対する劣等感がなくなっていった。むしろ、表面的なお愛想や気立ての良さを見せつけて男に受けようとしている彼女たちが、的外れでつまらなく見えてきたのだ。「私には彼女たちと違った魅力がある!」・・・意外なところで自信を持つ事ができるようになった。表面的な美しさよりもセックスの対象として魅力的である方が女として本物の価値があると、目から鱗が落ちたように悟ったからだ。「若いのに色気があり、中年男性の目も惹きつける」というのが、彼とセックスを繰り返すうちに私の持ち味となった。「セックスは自分の中に本物の魅力を与えてくれるもの」という点では、私は初めてのセックスパートナーに恵まれすぎていたと思う。

しかし当時はまだ「セックス」というものがどういうものなのか、ハッキリ教えてくれる人はもちろん、理解している人もほとんどいなかったと思う。・「セックス」を罪悪視する考えに立ち、「結婚まで絶対にしてはいけない」という人、・「セックス」をただの遊びという考えで、「快楽としてどんどん遊べばいい」という人、1980年代はこの2つの極端な考えが主流だったと思う。その時私は20代に入ったばかりであったが、1.セックスというもの自体を理解していない2.いずれも人間を冒涜する、無知な発想という点で、どちらの考えにも賛成どころか、憤りを覚えた。

彼に「家庭を捨てて私と結婚してくれ」と言う気など全くなかった。彼は私と付き合う事で人生に一段と張り合いがもてるようになり、私は彼のような大人の男性と付き合う事で普通ではなかなかできない事を勉強し、男性のセックスの対象として磨きをかけ、いずれはいい人を見つけて結婚して幸せを築く・・・というのが二人の間の交換条件であった。
しかし私は彼のことを本当に好きであったし、一番大切な人であった。

セックスの素晴らしさを知ったために、社会の価値観から大きく外れてしまい、長い暗いトンネルの中で苦しんだ年月それから約半年後、就職した私は社会の現実を見て愕然とした。『素晴らしいセックス』は二の次三の次で、安定した生活と世間体を得るために打算や妥協で結婚していく女たち、自分の遺伝子を継いだ子供の出産と家事を第一に要求する男たち、が多いのにショックを受けた。彼らは若くて、家柄と容姿がいいということを結婚相手には要求しているのである。そう、社会的な利便性と自分の遺伝子と持った少しでも優秀な子供を生んでもらうために・・・。もし、私が「セックスが生み出す優れたエネルギー」や「感じる」ことの素晴らしさを知らなければ、「社会のレールから外れたくない!」
という理由で、こんな男たちに少しでも気に入られるようにと無理して気立てや愛想のいい女を演じ、自分が問題家庭の娘であるというハンディに対しても謙虚になり、少しでも早くに結婚しようとしたかもしれない。しかし体で感じて、そのことで自分にエネルギーが注がれていることを頭で納得していた私は、このような表面的な次元でしか物事を考えらない連中が、ツマラナイ人間に思えたのだ。セックスそのものを深めて楽しむということにかけてはまだまだ未熟であったが、セックスの素晴らしいエネルギーを知ってしまった私には、「ただ、結婚という形に少しでも早く収まること」を何の疑いもなく目標にしている同世代の人間や、それを強制する社会の流れに対しても「なんてヤボでバカなのだろう!」と冷ややかな目をむけていた。しかし当時は1980年代の半ば、
1.容姿、年齢、家柄といった表面的な条件で女を評価する幼稚で浮ついた男たち(これと同類の女たち)
2.結婚生活の実態というものは無視して、「結婚」という形に無理やり押さえ込もうとする家族や世間
3.それを何の疑問も不満も持つことなく、早く結婚という形に収まるのが良い事だと思い込んでいる女たち(男たちも)
というのが現実であった。「形に収まりさえすればよい」という無知な連中、「無理やり形に押し込もう」と上から圧力をかける傲慢な連中には、「人の人生やセックスの自由を、結婚という形で奪おうとするな!」と怒りの声を上げても通用するわけがなかった。だから、20代に入ったとたん「早く結婚しろ!」と自分の無知な思い込みを上から押し付けてきた親戚や世間を撥ね付けたら、「変わり者!」「悪者!」と逆恨みをうけ、いまだに家族や親戚とは冠婚葬祭以外は断絶している。(苦笑)「食べ物の怨みは怖い!」と同じく、「自分のセックスを貶められた怨み」も恐ろしいのだ!(笑)なぜなら、「セックス」はその人の人生にとって根幹になる事だからである。今でこそ、「たとえ親であろうと、人の人生設計や結婚観に干渉してはならない」という考えが主流になり、私を考えに共感してくれる人増えてきたが20年前は、家族や親戚のみならず友人や同僚たちからも「変わった人」「我が強い」、と陰口を叩かれて長い間、孤立無援状態であった。しかし、表面的な条件で女を評価し、家事や出産を第一に要求してくるような男と妥協結婚する気は絶対になかった。なぜなら、そんな考えの男は「生殖行為としてのセックス」と「排泄行為のセックス」しかできないからである。こんなツマラナイ発想しかない男の「排泄行為の道具」になるなんて、人間としてのプライドが絶対に許さなかった。ましてや、こんな連中の子供を生み育てることに人生を破壊されるのは冗談ではなかった。だから私は、20代のうちは仕事や勉強をコツコツやって、30代をすぎてからも堂々と自活した上で形にとらわれないで良いパートナーと付き合えるようにした方がマトモな人生なのではないか・・・と既に21歳にして考えていた。しかし当時は1987年バブルの時代であり、少しでも条件のいい相手と、少しでも早く結婚しなくてはならないという圧力を、社会からも家族からかけられるのが現状であった。だから当時の私は周囲から徹底的な嘲笑と反感を買い捲り、「問題家庭の娘で条件の悪い結婚しかできない、落ちこぼれの悪あがきが!」「自分のことしか考えられない、我の強い人間!」と散々であった。こんな中で私も、「みんなと同じように考えられない自分がおかしいのか?」と随分悩んだ。30歳過ぎまで何人か付き合った男はいたが、最初の人以外とは苦痛でつまらないセックスしかできなかった。この事も、「やはり私が社会からマイナス評価をつけられているから、こんな男たちとしか付き合えないのか?」「ここまで、女としても人間としても軽んじられるのは、自分に価値がないからであろうか?」と、絶望的な気持ちだった。

30歳を過ぎた頃にはセックスに興味がないどころか苦痛になり、40歳でアダムスクールに出会うまでは「自分はもうセックスに縁がなくなった・・・」と思い込んでいた。
しかし、アダムスクールでは「セックスそのものの素晴らしさ」を教えて頂き、理論も実技も私が求めていたセックスは「まさにこれだ!」と、石ころの中からやっとダイヤを見つけたように感動した。私もこれから「いいセックスができるかもしれない」という希望が持てたことで、人生に再び光が差し込んだように思います。初体験の後、4人の男と付き合ったがいずれもセックスは散々であった。そこで今後は「苦痛で屈辱的なセックス」をするという過ちを犯さないように、その4人の特徴やその時の私の状況などにふれながら、過去に経験した「どうしようもないセックス体験」を検証してみようと思います。

三.どうしようもないセックスしかできない男たち

ファイル1.
Y.M
厚生省のノンキャリア組
年齢42歳、
高卒
四国出身
中肉中背の並下
交際期間 数回のみ
時代 1992年の初め
私の年齢 26歳

この頃、実家でまたしても大きな問題が起き、長年にわたる両親や親戚に対する不信感と憎悪が暴発してしまい、完全な絶交状態となった。これは、「結婚」には当然不利なことであった。しかし既に「無理に結婚しなくてもかまわない・・」と達観しかけていたため、これから勉強して、その知識と資格をもって30歳までに会社から独立しようと目標もあり、上手くいけば社会的地位も経済力もグンと上がる・・・だから別に嫌な結婚をするよりもこっちの方がずっといい!・・・そして自分が納得した生き方をしていれば、年齢や結婚という形に関係なく素敵な人と付き合うことができる!そう信じていた。だから、むしろ未来に対する希望があった。しかしその一方で、当時は20代半ばを過ぎて未婚(非婚)ということで世間からは相変わらずマイナス評価をつけられた。しかも一人暮らし、問題家庭の娘、親や親戚と絶縁するような我の強さ・・・これだけの材料が揃えばもう、まともな条件の男性からは「お嫁さん」としては相手にされないだろう。(笑)自分の考え方と矛盾はするが、やはりこういう現実が私にとってストレスと劣等感を抱かせた。「やはり、私がおかしいのだろうか・・・?」という迷いもあった。初体験の後、1年ほどその相手との交際が続いたがその後、5年位、性体験なく過ごした。その間の焦りや不安は相当なものであった。当時はセックスに対する正しい知識など勉強のしようもなく、友人や同僚たちが次々と彼氏を作り、一泊旅行に行ったり、豪華なホテルでデートをしているのを見ると、自分がどんどん取り残されていく焦りに苦しんだ。20代の、女として一番磨いていかなくてはならない時期に、全くセックス無しで過ごす事で女としての魅力もなくなり、ギスギスして枯れていくのではないかという不安に悩んでいた。その頃、仕事が終わってから夜は料亭でコンパニオンのバイトをしていた。そこに来ていたのがこの男である。コンパニオンといっても着物を着て宴会や商談をしている部屋に入り、料理を取り分けたりお酌をしたりするのが主な仕事である。綺麗に着飾って、「場に華を添える」ということが一番の仕事なのだが・・(笑)。料亭に出入りする客は、公務員、サラリーマン、医師、弁護士・・・といったお堅い職業の人がほとんどで、それも仕事の打ち合わせや接待が多かった。しかし、コンパニオンのバイトをしているというだけで、「簡単にやれる尻軽女!」「数千円で遊べる女」・・・と勘違いしているチンケな男たちも少なくなかった。残念ながら二人目として付き合ったのはまさにそういうタイプの男であった。この男は厚生省の役人として接待で店に来ていた。もしもこの頃アダムスクールがあれば、そして私が20代にしてセックスレス5年という焦りがなければ、この男とは付き合わなかっただろう。それ位、当時は「経験がなく、性的技術が未熟だ!」という焦りがあった。特に悪い印象がなく42歳で厚生省の役人というからにはそれ相応に社会人としても男としても大人だろうと思い、そういう男と付き合うことで色々勉強したかったので付き合うことにした。しかし、これは最初からどうしようもなかった。セックスが下手どころか、ヤル気すらないようなのだ。最初のとき、裸になってベッドに入っただけで一向に行為に及ぼうとしない。抱き合って私の体をダラダラと触っているだけなのだ。まさに「マグロ状態」なのである。キスはただ、唇を一瞬合わせただけの味気も何もないものだった。最初の彼のキスはけっこう長い時間舌を激しく絡ませ、それだけで下半身から熱い快感が湧き上がってきた。もう一度あの快感を味わいたいと思っていた私は、拍子抜けしてしまった。そのうえ、私に対して一方的に根堀葉堀聞いてくる。「初体験は何歳?」「相手はいくつ?」「なぜ一人暮らしをしている?」「親と喧嘩したのか?」ETC・・・。とどのつまりは「子供を生んだ事は?」「堕ろしたことはあるのか?」と呆れるような無粋な質問までしてくる・・・42歳にもなってこのバカさ加減である。しかも、肝心なセックスには一向に移らない・・・。
ただ、私の体をグズグズといじくり回しているだけである。雰囲気を盛り上げようと触られる度に声をあげたり、「そこ、触って」と頼んでみたりしたが、自分勝手に人の体をいじくっているだけである。あまりにもジレッタく、「ねえ、クンニして・・・」というと、またしてもビックリするような言葉が返ってきた。「女性の方からそういうことを言うものじゃない!」・・・と。これには耳を疑った。もうこの一言で、この男とのセックスは期待ないと直感した。挙句の果てには、「俺はセックスが下手だから」と豪語した。結局ベッドの中でグズグズとした時間を費やしただけで、感じるどころか不満と不快感だけが残った。しかし、「この日は調子が悪かっただけかもしれない」と思い、その後2~3回セックスの機会を作ったがお粗末な上に横暴で無知な本性が一段と表れていた。キスは、「髭が顔に当たって痛い!」と言ってもわからないのか無視しているのか、長い時間、しつこい位に顔を強くこすりつけられて、数日間ヒリヒリと痛かった。愛撫するということはほとんどなく、独り善がりのヘタクソな行為に飽きるとマグロ状態でベッドに転がっているだけである。のみならず勝手に人の冷蔵庫からジュースを取り出して飲んでいる。そして思い出したように私の体を引き寄せ、「ちょっと入れさせて」といって挿入してきた。まるで、「性欲処理の道具なのか!」と言いたくなるようなやり方で、そのうえ数回ピストンすると「あれ、しぼんじゃった・・・」である。それで、すべて終わりになった。「しぼんでしまった」事はともかく、自分が欲情するとまるで便器のように私の体に「ちょっと」と言って挿入してきたことに、大変な屈辱を感じた。この男は、セックスという行為以外の時もどうしようもなかった。人の電話を勝手に使っておきながら電話代の数十円すら払おうとしない。
「この部屋でタバコをすうな」と言っても無視して勝手にタバコを吸い出し、「やめろ!」といっているのに人のお皿を灰皿にし、とどのつまりは「この部屋の合鍵よこせよ!」「いついつの日曜日ココへくるから予定を空けておけ!」と、甲斐性もないくせに横暴である。もし、これがセックスも含めて立派な男性ならば、「強引で男らしい」と魅力を感じたかもしれない。しかし、この男は厚生省の役人とはいっても高卒のノンキャリアということで劣等感があるのだろう。だから当時、問題家庭の娘でコンパニオンをやっていた私を軽んじて、安く遊んだという自己満足で憂さ晴らししていたのだ。自分の学歴や育ちの劣等感があり、それを克服するような地位も経済力も所詮は手にすることができず、セックスそのものを楽しむ能力もないただ年だけ一人前になったようなツマラナイ男だったのだ。役所の金を使って料亭で豪遊し、「安上がりなコンパニオンと遊ぼう!」というセコイ根性と中途半端な人間性が私に対する態度に、そして未熟以下のセックスにハッキリと表れていた。この男は劣等感のはけ口として自分よりも劣る女、しかもコンパニオンという水商売をしている女にツマラナイ虚勢をはり優位に立とうとすることで中途半端なプライドを守ろうとしているような、其の程度の人間であった。このような男と付き合ったことも、そして大変な侮辱を受けた事もますます「私は女としても社会的にもココまで落ちてしまったのか!」と絶望させてくれた。

ファイル2.
S.F
31歳
大学院卒
東京出身
両親と自宅暮らし
設計事務所勤務
長身、顔は並下
交際期間 約1年弱
時代 1992年夏~93年春
私の年齢 26~7才

1の男を切った直後に、当時入会していた結婚相談所から紹介されたのがこの男であった。最初に会った時の印象はピンとくるものはなかったが、まじめで誠実そう30代の落ち着きも社会性もありそうで、悪い印象はなかった。話していてもなかなか紳士的で、私を持ち上げるようなお世辞の一つも言ってくれた。ただ考え方が保守的で(これはある意味いいことだと思うが)、「先祖に対する忠誠心があるから、結婚はいずれしなくてはならないと思っている」「今自分が生きているのは先祖のおかげだから、結婚していい家庭人になり、次の世代を築かなくてはならない」と。また一方で「結婚は本人同士の問題だ」、「結婚したら両方の実家の中間地点にマンションを買って住みたい」・・・という発言から、独立心はありそうだと思ったので「とりあえず付き合ってみようかな!?」という位の気持ちで付き合い始めた。知り合って二ヶ月位でセックスをした。そのときは「好きだから」ではなく、「もう誕生日が来れば27歳だから早く決めないと・・・」という焦りに流された気持ちからであった。それは向こうも同じだったであろう。年齢や周りからの雑音に焦ったのはお互いさまだったと思う。向こうも私のことは別に好きでもないが、「ここが年貢の納め時・・・」という感じでアプローチだけは熱心にしてきた。とりたてて欠点は感じられなかったが、女を容姿や年齢、家柄で値踏みするところが気になり、31歳にしては女性観が幼いと思った。だから案の定、彼のセックスは幼稚すぎた!上からのしかかられ、肘で私の両腕の内側をベッドに力任せに押し付けたまま行為に及んだため、ドス黒く内出血してしまった。しかしそれに気づかずに、不器用に私の体の上を這い蹲るようにし、そのあまりのヤボ加減にすっかりシラケ気分であった。そう、愛撫という行為を知らずに、慣れない手つきで弄繰り回しているだけなのだ。彼が一生懸命やっているのは伝わってきたが、どこを触られても感じないのである!アナルを指で愛撫されてもアソコをクンニされても、全く何も感じないのである!決して乱暴ではないが、30歳過ぎの大人の男としての成熟からは程遠く、「ただ、触ればいい・・・」という感じなのだ。この男も「セックスを楽しもう」という発想すらないのがハッキリわかった。「女の子は20歳前後の可愛い子が一番!」と豪語している女性観がそのまま、幼稚でシラケたセックスとなって表れているのである。彼はダラダラと時間ばかりがかかった。しかもペニスが大きすぎて、めったに挿入ができないのだ。!たまに「やっと挿入できた」と思ったら、「痛い!」と苦痛を訴えるため結局のところ、最後は私が手と口でする羽目になる。彼はなかなかイカナイため、こっちは口や手でする時間が長くなり仕舞いには私が疲れきり、苦痛でたまらなかった。自分が全く感じないのに、なぜ射精の手伝いみたいにこんなに長い時間かけて(30分位!)疲れるだけの奉仕をしなくてはならなのか、行為の途中に疲れから来る生あくびを殺すのに必死であった。「もう、19歳の頃のような快感を得る事はできないのだろうか?」自分の価値がすっかり落ちてしまったような、絶望的な気持ちになった。この男とセックスするたびに、疲れて老け込んでいくのが目に見えてわかった。ある時、鏡に映った自分の顔が、シワが増えて急激に肌が衰えているのを見て愕然とした。この先、私はどんどん老け込んで、もう、一生燃えるようなセックスはできないのだろうか・・・。当時は「女は若いほど価値がある」という考え方がまだまだ強かった。「女はクリスマスケーキ」というのはさすがになかったが、それでも27~8歳で独身というのは、風当たりが強かった。もう自分は女としての価値がないからこんなセックスしかできないのだ。きっと体も20代の初めが一番セックスに敏感で、それを過ぎたら、体自体がセックスと無縁になるのだ・・・。そう思うと絶望してしまった。20代後半で未婚(非婚)ということで風当たりの強い状況を考えると、セックスが下手だから、苦痛だから、という理由でこの男をアッサリと切ることができなかった・・・。その一方で、この男と結婚して苦痛なセックスを一生しなければならないと思うと結婚するもしないも、いずれにせよもう人生に何の希望も持てなくなった。自分の価値がこれ以上落ちないうちに、ここで結婚しなければならないという弱みから、こんな苦痛で屈辱的なセックスにクタビレ果てている自分が本当に情けなかった。「誠実でいい人」、そう思うことで一時は好きになろうと無理をしていたが肉体関係ができて2ヶ月位過ぎた頃から、次第にお互いの本性がわかってきた。この男は表面的なことしか見えていないのだ。だからセックスの素晴らしさを知らないどころか知ろうともしないのである。要するに女を「若くて可愛い」ということでしか評価できない、「可愛い子をデートできればそれで満足」「若くて美人なお嫁さんなら皆に自慢できるし・・・」「女の人の仕事は家事と子供の教育だよ!」と豪語するようになった。セックスで敏感に反応する姿よりも表面的な形さえ整っていればいいという幼稚で無粋な女性観しかないのである。こんな男とのセックスは苦痛でしかないし、人はみんな年をとっていく、その時、この男は自分の彼女や奥さんを自分の遺伝子を継いだ子供を育て、家事や介護をする道具として利用するだけなのか?おそらくそうなのだろう・・・と確信した。

私の家の事情を知っていたこの男は、
1.女を容姿と年齢、とどのつまりは家柄と資産で評価し、
2.長男ということを理由に、自分の家の都合を一方的に押し付け、
3.さらにとどめは「君のうちは経済的に困っているんだろう、
でも俺の親に金銭的な迷惑はかけないでほしい、君の家との付き合いは
必要最低限にして、俺の家の都合に臨機応変に従って欲しい」
4.「弟の彼女は裕福な家庭でのんびり育っているから性格いいし可愛いし、
やっぱり家庭環境だよな・・・」
と、問題家庭の娘であるという私の弱みにまで付け込んできた当時は、27歳という私の年齢では「この結婚話を逃したら後はもっとヒドイ男との縁談しかなくなる」という時代であり、その現実を考えると随分悩んだ。しかし、この男は自分が優位に立ったと勘違いをしたのか、だんだんと厚かましくなってきたまず、セックスの時にシャワーも浴びなければ歯も磨かなくなった。下手なうえに、更に不潔な口や体でまとわりつかれることに嫌悪感をもよおした。悪臭のするペニスを「しゃぶって!」と要求されたときには、ココまで自分は落ちてしまったのかと、情けなくなってしまった。さすがにそれは断ったが・・・。セックス以外でも厚かましくなっていた。私の部屋へも泊まりに来た事があったが、仕事が終わってから買い物に行き、重たい食材を持って帰ってきて疲れきっている私に、立ち通しで食事の支度をさせても手伝おうともしなければ労いの言葉もない!それどころか一人だけ座ってTVを見ながらビールを飲みだしサッサと酔っ払い、忙しく台所仕事をしている私に抱きつき、胸やお尻に触ってヘラヘラしているそのバカで幼稚な姿に怒りが爆発しそうであった。「もう疲れた・・・」と言う私の事は無視して、ただ座って食べている姿を見るともう、この男は私の時間と労力を奪うだけの邪魔者でしかなかった。挙句の果てに、食事の途中に「こっちに来て」と私を呼び寄せペニスを露出して「ねえ、ペロペロしてよ・・・」とヘラヘラ鼻の下を伸ばしている。当然、この時もシャワーも浴びていない状態である。その締りがなくデレッとした顔を見ると、その気の利かない身勝手さに怒りが爆発してしまった。「今食事中でしょ!私は後片付けもしなければならないのよ!」声を荒げた。疲れた体にムチ打って食事を作り、さらにその後立ち通しで何十分も後片付けをしなくてはならない私の都合など考えてもいないのだ。自分が一方的に甘えることしか考えられないのだ。こんな男との結婚なんて犠牲や苦痛ばかりでメリットなんてないだろう。苦痛なセックス・・・マトモな愛撫も交接もできず、私に30分以上も口や手でペニスをしごかせてマグロ状態になってろくに反応もしないのは、この男の、自分の身の回りのことすらできない幼稚で野暮な性格がそのままセックスに表れていたのだ。そのことがわかり、こんな男との結婚生活はセックスも日常生活も地獄だと思ったので見切りをつけた。

ファイル3.
Y・S
年齢 43歳
職業 某大手薬品メーカー勤務
学歴 大学卒
出身 千葉
容姿 中肉中背 顔は40代の頃の平幹二郎似
交際期間 約2年(セックスがあった期間は半年位)
時期 1994年初め~96年春
私の年齢 28歳~30歳

2のバカ男と別れてから半年以上経っていた。「結婚は縁があった時にすればいい!」と吹っ切れかけて、近い将来の目標に向かって仕事と勉強に打ち込む日々が続いていた。この生活は肉体的にはかなりキツかった。それでも少しずつ色々なことを学び、視野が開けていくのが楽しかった。平日は仕事が終わってから夜中まで勉強、そして土日の昼間は専門学校へ行きその後は自宅で勉強・・・と忙しいが充実した日々だった。しかし当時の社会は相変わらずで、20代後半になっても結婚していないという事で白眼視してくる人も少なくなかったし、親しい友人たちもここ1年位でバタバタと結婚していった。私は結婚した友人たちが羨ましいとは思わなかったが、「やはり結婚しない自分がおかしいのか、社会のハズレ者なのか」と思い、悩んでいた。しかも自分の女としての価値は1年毎に落ちていくという絶望感から抜け出すことができなかった。そんな時、私の目指す資格試験の受験雑誌の「教材の貸し借りのコーナー」を通じて知り合ったのがこの男であった。最初は取引だけのつもりであった。実際に会ってみて最初の印象はけっこう良かった。話していても年齢相応の分別や落ち着きが感じられたし、同じ事を目標にしているということで話も弾んだ。きちんとしたスーツ姿で顔は40代の頃の平幹二郎に良く似ていた。彼は私を気に入ったらしい。会話の端々に私に対する好意の言葉が出てきて、「自分がまだ女としての魅力がある」「女として認めてくれる男性がいる」という救いのようなものを感じた。好印象を持っただけで、特に私のほうからは異性として付き合いたいという気持ちはなかったが、彼は「声が聞きたくて・・・」とか、「スランプにぶつかって・・・」と頻繁に電話をかけてきては、私を交際したいという気持ちを匂わせてきた。私は付き合っても付き合わなくてもどちらでもよかった。しかし当時28~9歳で結婚していないということで、周囲からは「変わり者」「悪者」と白眼視されて孤立無援状態が続いていた私は、自分の生き方や女としての魅力を認めてくれる人が必要であった。だから彼とは誘われるままに時々一緒に食事に行ったりしていた。そしてそのうちに月に1~2回、ホテルや私の部屋でセックスする関係になった。そんな関係は半年余り続いた。セックス自体は悪くはなかったと思うし、几帳面な性格がそのまま表れていて、愛撫も時間をかけてくれ、挿入してからも色々な体位を楽しむことができた。イク事ができていたかはわからないが、乳首を吸われたり噛まれたりすると下半身が熱くなるような快感が走ったし、挿入して強弱のメリハリをつけて突かれると、激しい快感に声を上げずにはいられなかった。アナルやクリトリスの愛撫は指や舌を使って丁寧にしてくれることが多く、気持ちよかった。挿入してからも大胆な格好での体位を色々組み合わせて楽しめたし、それなりに感じる事はできた。セックスする関係になってから半年位は同じ目標を持っているという事で話は合ったし、彼は私に惚れている事がよくわかっていたので、付き合い自体はイヤではなかったためか、セックスも感じる事はできた。しかし一方で、「結婚もしないでこんな事をしていていいのだろうか?」と悩んでいた。このまま付き合い続けていても、いつまで続くかわからない関係だし、20歳前後の頃なら「中年の男性と付き合うことでセックスも含め色々な教養を学ぶ事ができる」という点で、こういう付き合いはむしろ必要かもしれない。しかし既にあと1年で20代も終わろうという時期に、こんな付き合いをしてもプラスになるどころか空しいだけであった。「こんな事をしている時じゃない!」そう思いながらズルズルと関係が続いていた。関係ができて半年近く経った頃から、この男が次第に疎ましくなってきた。夜中の1時や2時に酔っ払って電話をしてきては、わけのわからない事をグズグズまくし立てる、平日に私が仕事で疲れて帰ってきて、もう寝ようとしている夜10時過ぎに酔った勢いでいきなり部屋にやってきたりすると、図々しくなってきた。私はこの男から生活の援助は一切受けていない!にもかかわらず43歳にもなって、「声が聞きたいんだ」「顔が見たいんだ」と酔って私の部屋に押しかけてきてデレデレしている締りのない姿には嫌悪を感じるようになった。「幼稚でケチな男!」そう思うと、セックスもつまらなくなってくる。そのセコクて厚かましい本性が、セックス自体もシラケさせてしまったのである。感じる場所を愛撫されようが、長い時間ペニスを挿入されて突かれようが、こっちはシラケ気分のため、気持ちいいとも思わないのである。それどころかベッドの中で「俺たちは生まれる前に付き合っていたかも知れないね」と、勝手に一人で思い込んでいるのを見るとその単純さに幻滅した。同時に私自身がココまで軽く見られ、都合よく扱われているという現実にも絶望してしまった。この男の人生観もだんだんとわかってきた。「男は社会的な役割を果たし、家庭を守った上で、更に別の時間を持ってもいい。でも、女性は産む性だから結婚したら家庭だけに専念しなくていけない・・・」と。相手を自分の都合どおりにしようとしている自己中心的な考え方なのだ。その上、自分の都合や考えを上から押し付けるような無知な傲慢さも持ち合わせていた。次第に私にも「こうしなきゃダメだ!」とか「物事を教えてやった!」と、押し付けがましい言動が目立つようになり、ますます疎ましくなった。こうなってしまうとセックスも感じず、体調が良くないという理由で拒否するようになった。すると、ますます身勝手な本性を剥き出しにして、苛立ちまぎれに酔って真夜中や早朝に私の部屋に電話してくる回数が増えた。「(私が)冷たいから荒れている!」とか「朝6時に電話したのにいなかった、他の男と朝帰りだろう」と絡んでくる。街中でも無理やりキスしようとしたり、胸を鷲づかみにしてきて、欲求不満を露骨にぶつけてくるようになった。欲求が先にたち、周りが見えなくなっていたのだ。これが40過ぎの男なのだからすっかり嫌悪してしまい、撤退した。その後もしつこく会社や私の実家にまで電話してきたり、と迷惑だったが絶対に会わなかった。一方的に私のことを「一番気の合う女性」と思い込み、その後数年間にわたって連絡してきたが取り合わなかった。

4.T.M
年齢 42歳
職業 研究者
学歴 大学院卒
出身 関西
容姿 中肉中背 十人並み
時代 1996~
私の年齢 30歳

ファイル3の男とはセックスしない関係になってからも1年以上電話がかかってきたり会ったりはしていた。私も30歳になってしまった。「30歳過ぎ、独身、問題家庭の娘」と、周囲の視線はますます冷たくなっていた。「もう、私は女としての価値はないのだ・・・一生素晴らしいセックスはできない」と、諦めていた。それでも納得のいかない結婚をして、家事や育児に縛られた上に苦痛なセックスをさせられるような人生だけは絶対にイヤであった。そんな時この彼が近づいてきた。彼は、「昼は仕事、夜は勉強とがんばっている姿に魅かれた」と言ってくれた上に、女としての私のことも認めてくれた。「結婚は本人同士の問題」、「自分はこれまで仕事一筋で結婚なんて考えてもなかったけど、最近になっていい人がいたらと思うようになった」という考えを聞いて、縁を感じた。また彼の仕事熱心な姿や、物事の本質を見極める目を持っているところにも魅かれた。彼と一緒に食事をし、お酒を飲みながら話をしていると実に楽しかった。私の知らない事を色々と知っているし、本物を見極める目を持っているだけに人間としてのセンスも抜群に良かった。「仕事でクタクタに疲れて帰ってきても、この人と楽しく会話しながら食事ができればストレスも解消されるにちがいない」、そういう期待もでてきた。この時、心身ともに疲れ切っていた私は何よりも今までの生活を変えたかった。情けない話だが、「30歳過ぎで独身!」という風当たりから、とにかく逃れたいという気持ちが強かったのである。経済的なこと、親戚付き合いなど、現実に生活していく上での価値観も似ていたしこれならば一緒に暮らしたほうがいい!と判断した。「結婚を前提に・・・」ということで、最初のセックスから2ヶ月で共同生活を始めた。ただ、一つだけ気が重いことがあった。この頃の私はセックスが苦痛であったのだ。仕事や勉強で忙しくて疲れ切っていたというのもあるが、結婚生活に付いてくる「生殖行為」、「お勤めとしてのセックス」が屈辱的に感じられたのだ・・・。彼とのセックスも全く感じなかった。私自身が心身ともに疲れきっていた事も原因かもしれない。しかし、彼のセックスはあまりに幼稚であった。幼児が母親に甘えて一方的にムシャブリついてくる、という感じなのだ。自分が欲情すると突然に私を押し倒し、乱暴に服を剥ぐようにして乳房を力任せに鷲づかみにして乳首に吸い付き、一人でヘラヘラと満足している。口で愛撫するのとは全く違う、「オシャブリ」に吸い付いているのと同じであった。私の事はおかまいなしに、「自分さえ満足すればいい!」というのがよくわかり、オモチャのように扱われているのが屈辱であった。乳首はもともと敏感で少し愛撫されただけで感じることができたが、これでは苦痛なクスグったさに、気持ちが悪いだけである。ますます私は女としても人間としても惨めに落ちていった。キスも昔は舌を絡めただけでゾクゾクするほど感じたのに、彼と舌が絡んでも何も感じず、バカバカしさにシラケるだけであった。アソコの愛撫も、手で触られようと舌で舐められようと、何も感じないのである。もっとも『愛撫』といえるものではなかった。ただ事務的に触って舐めているだけであった。「どこが気持ちいいのか」、「どうすれば感じるのか」、まるで考えていない。単にイジクッているだけなのである。時折、声を上げてみせると露骨に嫌な顔をして、「不愉快だ!もうやめる!」とくる。「自分さえ満足すればそれでいい、女が快楽に没頭するのはどうしようもない淫乱だ、」という考えなのである。挿入も、いわゆる正常位とバックしかしようとしない。繋がったまま、色々な体位を楽しんで快楽を追求しようという気がないのである。挿入したらあとは射精だけして終わり!という感じであった。でも、グズグズと長い時間体を触られるよりはこの方がよかった。「苦痛だから早く終わって欲しい!」
これが私の本音であった。セックスをするうちに、「自分が満足して幸せなら私の負担も疲れも眼中にない」という態度が鼻につくようになった。この頃、平日は仕事で片道1時間40分かけて職場へ行き、残業もあったので帰宅は早くても夜8時、遅いときは9時、10時ということもザラであった。それでも夜9時過ぎから食事を作り始め、片付け終わるのが12時近く、そのあとお風呂に入り次の日の準備や部屋の点検でベッドに入れるのが2時近く、次の日は6時起き、ということも珍しくなかった。だから、「平日は疲れているのだから少しでも眠りたいの!セックスは平日には絶対にできないからケジメはつけてね!」そうハッキリと線を引いた。しかし、夜1時過ぎにやっとベッドに入って眠ろうとしている私に無理やりセックスを求めて体にしつこく触ってきたりする。「明日は早いんだから、やめてよ!」といっても執拗に触ってくる。感じるどころか苦痛で、疲れきって眠たいのを邪魔されて地獄である。これには「自分は性欲処理の道具として睡眠時間まで奪われるのか!」という屈辱と憎悪で私の怒りは爆発した。「いい加減にしてよ!現実の生活を考えたら!私は疲れているのよ!働いて家事を夜中までやって、そのうえお勤めセックスなんて冗談じゃない!」深夜に私がヒステリーを起こして怒鳴る、彼はそれを逆恨みし何日も不機嫌になる。我と我の衝突で、精神的にも肉体的にも地獄であったこんなセリフは吐きたくもなかったが、こうしなければ自分のプライドも睡眠時間も守れないという現実に絶望してしまった。一緒に住み始めてからすぐに、彼の幼稚で自己中心的な性格が鼻についてきた。彼は私を生活のために働かせ、「自分の財産や学問を引き継ぐ子供」を生み育てさせ、家事も全部やらせて、自分は日常生活の煩わしさから開放されて研究に打ち込みたい、という発想なのだ。そのうえ自分が欲情したときには、いつでもセックスの相手をしてもらえると思っている。その分、私は自分の人生が犠牲になってしまうのだ。生活のために働いて夜遅くに帰ると、山のような家事と苦痛なお勤めセックスで深夜まで働かされる、冗談ではなかった!この男の跡継ぎとしての子供を生み育てさせられ、家事と育児とお勤めセックスで自分の人生が奪われるのは絶対にイヤであった。「私の気持ちや都合など眼中にない」といったこの男の態度は、人間としても女としても私を侮辱しきっていた。それに全く気がつかずに「結婚したぞ!」「さあ早く子供だ!」とハシャイデいる姿には幻滅と憎悪しか感じなかった。やはり私自身が「早くに結婚して良妻賢母となる」という社会の価値観どおりに生きられないから、こんな男たちしか集まってこないのだろうか・・・?と落ち込んでしまった。共同生活を開始してから1年経たないうちにセックスはなくなった。こんなセックスだけを一生続けることを「結婚」という法律に強制されるのは最後のプライドが許さなかった。まして、この男の理想を引き継ぐための子供を産み育てさせられるなんて、そこまで自分を落とす気はなかった。それ以前に私自身の子供時代から思春期にかけての環境からして「お嫁さん」や「お母さん」という生き方を選ぶ事に抵抗もあった。「この男と結婚して家庭を築くこと」は、もう考えられなかった。そんなのは屈辱と苦痛ばかりで、私自身が得るものが何もないのである。当時30代に入ったばかりであり色々と迷いもあったが、生殖行為と排泄行為のセックスの相手は絶対にしない! という考えだけはハッキリ固まった。しかし同時に、セックスにも男性にもあまり興味がなくなってしまった。

四.「どうしようもない男たち」に共通する特徴

  1.自分の容姿や学歴、社会的地位などに自信がない
     自分よりも女を一段下に貶めることで、虚勢を張ろうとしている。
     そうすることでしか憂さ晴らしができない、セコイ根性の持ち主

  2.人間としての教養や品性がない
     これは学歴やキャリアの問題ではなく、自分の目で物事を見つめたり
     自分の頭で様々な現象について考える事ができず、ステレオタイプの
     発想しかできないということである。
     例えば
     「女は(あるいは男は)、何歳になったら結婚しなくてはならない!」
     「長男だから(あるいは長女だから)、~あらねばならない」
     と、世間一般でいわれている常套語を何の根拠も考えずに絶対と信じている。
     のみならず、その物差しと違うだけで相手の価値観や生活を上から非難する
     無知な傲慢さも持ち合わせている。
     つまり世間が勝手に作り上げた価値観しか見えず、自分の頭で物事を考えられない。
   3.図々しくて幼稚である
     付き合っている(あるいはセックスした)だけで、相手を自分の所有物と思い込んでいる。
     相手の都合が見えず、自分が会いたい(あるいはセックスしたい)時にはいつでも
     相手にしてくれて当然と思っている。

  このような性格が「どうしようもないセックス」となって表れてくるのだと思う。

五.最後に

この後、何とか表向きは平凡な生活を淡々としてきたがセックスのことは忘れかけていた。周りを見ていても結婚するしないにかかわらず、充実したセックスをしている人たちはほとんどいない様子である。しかし30代の終わりからある問題にぶつかり数年にわたり悩んでいたが40歳になった時に、「充実したセックス」「本物のセックス」を忘れていたことが問題の根底にあったということに気がついた。それからアダムスクールの門を叩き、実技も理論も勉強させていただいた事で人間にとってセックスがいかに大切なことかが良くわかった。そのことに気がつくと、少子対策のためのセックスを要求する美辞麗句がいかにバカげているか、「結婚」という形に無理に収まろう、あるいは収めようという人たちこそがいかにセックスにも人生にも無知で浮ついた考え方しかできないか、がハッキリと見えてきた、「人、四十にして惑わず」とはよくいったもので、私もそれまでは結婚という形にも収まれず、子育てをして生産性のある生き方もできない事に悩んできたが、「本物のセックス」を勉強してからは、形や生産性よりも自分が納得した人生を生きる事の方が大切だと思うようになった。まだまだ、これから勉強しなくてはならないことがたくさんありますが、セックスの大切さを知ってからは毎日の生活にも張り合いや向上心がでてきたと思う。今後もアダムスクールで色々と勉強させて頂こうと思います。どうぞ、これからもよろしくお願いいたします。