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私の青春時代は灰色でした。

 

私は人の10倍男女の恋愛に憧れる

超ロマンチストな青年でした。

 

自分でも異常じゃないかと

思っていたほどです。

 

その私が中学・高校・大学を通じて、

恋愛する経験がなかったのです。

 

ただ女性と縁がなかったわけではありません。

 

当時の私は日本や海外の純文学を

読み漁るような青年でした。

 

そんな私は彼女たちと

会話が噛み合わなかったのです。

 

太宰治がどうのとか

バッハが好きだとか

ミケランジェロは凄いとか

そんな話しかできませんでした。

 

いま思い返すと

本当に気障な若者でした。

 

それでは相手の女性は

辟易してしまします。

 

当時の私は観念的で

頭でっかちだったのです。

 

私は社会人になってから、

恋愛に対する絶望から

「真の男女の愛はこの世の中に存在しない」

「永遠の愛なんて理想論だ」と決めつけ、

厭世的になっていました。

 

現実世界に恋愛の

希望を見出せなかった私は、

苦悩の末

お見合い結婚をすることにしました。

 

私が結婚相手に望んだ条件は

「家庭的な人」だけでした。

 

それ以外のことはどうでもいいと

思いました。

 

自分の女性の好みを無視しました。

 

結婚生活をおくれば

自然と愛が芽生え

深く愛し合えると思ったのです。

 

あまりにも観念的な発想でした。

 

私たちの結婚は

ボタンの掛け違いから始まりました。

 

事実、妻は家庭的な人です。

 

しかし本来、私はロマンチストです。

 

結婚したあとも男と女が愛し合う

世界に憧れていました。

 

もっとはっきり言えば、

本当に愛する人と

愛のあるセックスをしたいと

思っていたのです。

 

その根源的な欲求を

消すことはできませんでした。

 

私はどこかにこころの本心を置き去りにして

結婚生活をおくったのです。

 

これでは無理があります。

 

しかし理想主義者の私は

良い夫、

愛のある夫を演じました。

 

愛のある家庭をつくろうと努力しました。

 

自分の感情を無視することによって

パートナーに対して

我慢する人生を送ることになったのです。

 

我慢することは

愛し合う関係にはなりません。

 

パートナーに自然な愛が

流れないのです。

 

私たちは表向きは

とても仲のいい夫婦でした。

 

子どもたちも

離婚を口にするまで

そう思っていたことでしょう。

 

お互いが愛し合うためには、

素の自分をさらけ出すことが必要です。

 

相手を思いやる心遣いは必要ですが

自分の気持ちを素直に現すことも必要なのです。

 

そのため喧嘩になることもあります。

 

喧嘩になるのを恐れて

我慢してしまうことのほうが

愛の関係を遠ざけてしまうのです。

 

皆さんもご存じのように

私は偽りの人生を清算するために

4年前に離婚しました。

 

愛の世界を説いている私が

自分を偽って人生を生きることは

不誠実だと思ったのです。

 

そして再婚しました。

 

私は現在のパートナーとは

とても相性がいいと思っています。

 

以前はいい旦那を演じていて

ケンカすることはありませんでしたが

今は感情を爆発させて

激高することもしばしばあります。

 

いい夫を演じてきた自分から

素直な自分を妻の前に出す人間に

変わることができたのです。

 

紆余曲折の人生を辿ってきましたが、

いまは青春時代に求めてきた

愛し愛される喜びを

こころから味わっています。

 

日々立派なことを書いている私ですが

実は普通の人間です。

 

立派でもなんでもありません。

 

ヒーヒーいいながら生きています。

 

ともに幸せに生きていきましょうね。

 

 

アダム徳永